



















Collection Note
膝を覆い隠す、ロングコートを着た男がいた。朝の駅、夕暮れの交差点。
人波に紛れ、歩いている。誰も振り返らない。
彼は、その重さごと纏い、風が吹けば布だけが違う速度で動く。
それは、青年期の入り口にみたロマンティックな姿。街に溶け込みながら、静かに抗っているようだった。
̶̶便利で、効率的に整えられていく世界。
すべてが最適化され、承認され、共有される一方で、無数の矛盾も表出している。
「自分もまた恩恵に預かりながら、常にそれらと摩擦するような感覚がある。なぜか憧憬と現実の間から呼ばれているようだ」と、山岸慎平は言う。
説明も、正当化もしない。滑らかな時代における、引っかかり。
何を欲するかを選ぶのではなく、 欲望のほうが自分を選ぶのではないか。
山岸は、自分の内側から湧き上がるものを見極め、それに従うことを2026年秋冬コレクションの一筋とした。
誰でもなく自分自身の嗜好と合致するという贅沢に、人知れぬロマンがある。
大判のストールが靡き、その揺れは詩のように呟く。クラシカルなジャケットは平然を装う。
けれども、着る人の所作によって、肩下にえくぼが生まれ、動けば、ブランドらしい象徴的なシェイプが発現する。
スリット型の内ポケットに手を差し込めば、まるで着物を纏っているかのような佇まいが垣間見える。
いつものように袖口のラバーストラップで袖のあり様は自在に操られ、意図と偶然が、個人と服の間で交差していく。
トラウザーズには、複数のイレギュラーなタック。隠れたドローストリングで可変し、履く人次第でギャザーが生まれる。
ジレは一見するとオーセンティックな形を保っている。
首周りは別生地で静かにトリミングされ、背面にはクリスが仕込まれている。表からは見えない。
透明であることを求められる時代に、あえて覆い隠されることの暗喩がある。
シルクと共に織られ、その悪戯で起毛するデニムには、ほんのささやかなシェイプが加えられた。
色は、鮮やかさを慎重に避けた。霧のかかった夕焼けを思わせる橙色。
日暮れに伸びる影のような黒ではない黒と、チェックの存在感。
現実に浸透するカラーパレットに、確かな声を潜ませる。
デザイナーは、人の手による、この仕事にもロマンを見ている。
100年後に稀有な職が存在しているのか̶̶その瀬戸際に立っているような気がするとも言う。
夢と現実が混淆し、波がひいてはよせる葛藤のところで、もうひとつのエレガンスを示したい。
このコレクションは宣言ではない。
デザイナーの内を覗ける窓のようなもの。総意の時代に、山岸は囁くように在り続ける。

ショーの後片付け バタバタだった

fw26が立ち上がってから早1ヶ月半、お楽しみいただけていますでしょうか?
今日は商品の説明とかじゃなく、コレクションの概要を僕なりにまとめてみたいなと思っています。
まとめる?というか、全体のムードとか、使われているディテールとか、リリースされた文章の中で特に大切だなと思ったところを翻訳する感じで。日本語を日本語に翻訳しなければならない時代は最悪なのですが、分かりやすくすることは大切ですので。
このコレクションで使われたディテールとして最も象徴的だったのはダブルカフスの仕様。
袖口から意図的に出されたカフスはほぼ全てのLOOKに登場し、執拗なまでに繰り返されています。
PFWの初日にPRADAが発表され、同じディテールが使われていてちょっとした緊張感があったことを覚えています。どうする?おんなじ感じでやったらまずいよね?みたいな空気感。一方で僕はPRADAのミウッチャとラフシモンズ、Bed j .w .Fordの慎平さんはおんなじような事考えるんだな〜とのんびりしていました。時代を作るデザイナーがいて、日常の生活も使っている言語も食べているものも違うはずなのに、同じようなことを同じシーズンのコレクションでやるってなんだか神秘的でした。
慎平さんにダブルカフスの仕様の意図を聞いてみた時、”時代が求めるシルエットはこれから確実に少しずつスリムになっていく。しかしお客さんはここ10年続いた大きなシルエットに身体が慣れていて、急にスリムにしてもついてこれないし、何より自分が作ったものをたった半年で古いものに感じさせてしまうのがお客様に対して失礼だと思うからやりたくない。だから今は着心地を変えることなく身体が相対的に細く見えることができればいい。袖の先端にボリュームのあるディテールを配置することで身体を細く見せることは可能なのではないか?というところからディテールの採用が決まった”的なことを言っていました。”本当はパンツにもそのような画期的なディテールがあれば、もしくは思いつくことができれば良かったんだけど。今は僕らが継続的にやっているセンタークリースを入れることでそういうシルエットになることを祈っている”とも。
時代が求めているシルエットを感じ取りながら、今まで作ったものを古くすることなく、新しい視点の提案をする。言葉で書くのは簡単なことですが、実際にモノでそれをするのは至難の業です。このディテールを使ったシャツはウチではほとんど完売しているので取り扱いのお店を覗いてみてくださいね。きっと満足のいく買い物をしていただけると思います。
ブランドが近年目指している姿の”Altanative Elegance”と”Roman”の関係はどうでしょう。”Altanative Elegance”の中に”Roman”が内包されている、といった関係でしょうか。固定化されたものでも形式ばったものでもない”もう一つのエレガンス”は”ロマン”を孕むものなのでしょうか。そうだったらいいな。「全てが最適化され承認され共有されていく」というのはSNSを始めとしたWebサービスを指すのでしょう。そして「それらと摩擦する感覚がある」、と。みんなどこかで思い当たるんじゃないかな。僕らおじさん世代もこの感覚を持っているのですが、店頭で話していると若い世代の方がより強くこの感覚を持っているように感じます。結局全部嘘じゃねえ?みたいな感覚とか、少なくともその情報だけで信じるわけにはいかねえよなみたいな感覚とか。ブランドはこういったSNSと相性がいいので玉石混合状態になっています。洋服を作るというのが特別なこととして扱われていた時代から、誰でも簡単に作れるよねという時代になり始めていて、何を選べばいいかわからない状態へ。ちなみに、僕個人としては洋服を作るというのは今でも特別な行為だと思っているし、一方で誰でも作れるのはいいことだと思ってます。誰でも作れると信じるから目指す人が沢山現れるのだし。僕らセレクトショップは時代が進むにつれて役目を終えて少なくなっていくでしょう。しかし何を選べばいいかわからない状態をそのままにできないので、「何を選ぶか」がより価値を持ち始め、少しのセレクトショップが残っていくのでしょう。楽しみですね。
ブルーチェックのセットアップのLOOKの肩にかけられたストールが僕にとっての”Roman”でした。お客様は全員が全員全身BedjwFordの服を着るわけではないし、コレクションのアイテムが一気に入荷するわけではない以上、たった一つのアイテムでブランドを判断します。その一つに、たった一枚の布をリリースする態度。メゾンしかやらない手法。メゾンへの明確な憧れと挑戦を感じました。「あなたを表現する布を一枚作ってみて」と言われたなら、あなたはどんな布を作りますか?どんな大きさにして、どんな色にして、どんな糸を使いますか?柄を使いますか、無地にしますか?無数の選択肢の中からBedjwFordが選んだ布を見てみてくださいね。10月中旬頃入荷予定です。時代のことを肯定も否定もせず、ただ静かに自分の態度を示すものとしてのコレクション。その態度を最も感じたアイテムです。
洋服は知らなくても楽しいし知ってても楽しいし、知識がなくてもカッコよければオッケーなのがいいところ。
本当はテーラードもニットもコートも書きたいのですが、時間がそれを許しませんので、ここいらで。
fw26、楽しみましょう。
